水戸東照宮鏡

水戸東照宮拝殿の鏡

 

何をしたらいいのかわからない
という人はとても多く
自分さがしの旅に出る、という人もいるようです。
でも、自分探しの旅に出たところで
何も見つからないことはあるかと思います。

 

それは
自分は、今、ここにいるから。
探しに行かなくても
今、ここにいるのが自分なのですね。

 

ワタクシが自分探しをするのは神社。
自分探しと言うよりは
自分が、今したいこと。
していること。
どうしてそれをしたいのか。

 

神社は
そういう、内なる部分と向き合う場所だと思うからなのですが。
神社の拝殿には、大きさは違っても
大抵の場合鏡があります。
どうして拝殿に鏡があるのでしょう?

 

鏡で日の光を反射した際、それを正面から見ると太陽のように輝いて見える為であり、日本神道では太陽神である天照大神(アマテラスオオカミ)を最上の神として崇め祀るので、太陽を象徴する鏡で以て御神体とし、神社に祀るとされている。

*ウィキペディアより引用

 

鏡も神様が宿られる“依代よりしろ”の一つとして、神様の存在と威儀を示しています。
また、鏡を通して神様と自分が向かい合い、誠実で清らかな心でお参りをする、そんな役割も鏡は担っているのです。

*大宰府天満宮ホームページより引用

 

神道において
鏡に関しては色々な考え方があるようです。

 

この鏡に、何を思うのか?
鏡に映し出された自分は一体何なのか?

 

鳥居はある意味、ワタクシ達が住む現世との結界で
鳥居をくぐったら、そこは神の世界。
参道は「産道」と言われることもあります。

 

産道は、お母さんのお腹の中から出てくる時に
通ってくる道ですね。
それはつまり
鳥居をくぐった瞬間から
ワタクシ達は
産道を通って、生まれる前へさかのぼっていく
ということなのかなと。

 

鳥居から参道を歩き
拝殿の前に来た時
拝殿にある鏡に映し出される自分は
生れる前の自分だと捉えることもできると思うのです。

 

この世の人達は
使命を成し遂げるために生まれてきたとか
修行をするために生れてきたとか
色々と言われることはありますが
重たくない言葉で言うと
「自分のやるべきこと。やりたいこと。何をしたくて生れてきたのか」。
それを思い出すための鏡なのだと
ワタクシは捉えています。

 

水戸東照宮拝殿にはとても大きな鏡があります。
自分の姿をとらえることができ
そして
鏡の中の自分を、じっと見つめてしまいました。

●⇒水戸東照宮参拝の記事はこちら

 

ワタクシはいつも
参拝させていただけたことに感謝をして
ありがとうございます、という言葉を届けています。
そして、今、とても幸せに暮らせていることにも感謝します。

 

そうすると自然と思うのは
ワタクシの周りにいる人達にも
幸与えたまえ。

 

いい人ぶっているわけでもなく
いい人キャンペーンをしているわけでもないのですが
自分が幸せだと
そう思えてくるのです。

 

たった1人でも、笑顔になれる人が増えて
幸せを感じていて欲しい、と思うのです。
そしてそれが、今のワタクシのしたいこと。
それを「意宣り」として神様に届けています。

 

自分探しをしてしまうのは・・・
やりたいことがわからない
やってもうまくいかない
自分の殻に閉じこもってしまう
対人関係がうまくいかない
・・・・・

色々あるかとは思いますが
何かしら空回りを感じ
そして悩んでしまうのかなと。
ワタクシもそうだからよくわかります。
今でも現在進行形でさまよっている感じはあります。

 

ワタクシにとって
神社は、そういう自分と向き合うところなのです。

 

コチラ
自分探しをしている人にお役に立てるかと思います。

 

●アマゾン公開中
嫌ってくれてありがとういい人を辞めたら幸運が舞い込んだ
嫌ってくれてありがとう いい人を辞めたら幸運が舞い込んだ

 

最後まで読んでくださりありがとうございます。
この記事から1つでも拾うところがあれば幸いです。