ビリギャル

 

「やる気がなくなったのではない
やる気をなくそうと自分で判断を下したにすぎない」

 

というのは、オーストラリアの心理学者 アドーラー。

 

ビリギャルを読んで一番に思い浮かんだのがこの言葉だった。
ビリギャルには、学年ビリのギャルが慶応義塾大学に現役合格するまでの道のりが書いてあるけれど、これって、会社においてもあてはまることが多くあると思う。

 

やる気のなかったビリギャルをその気にさせたのは塾の先生。
最後までやり通すことができたのは、ビリギャルの心理状態を知り、やる気を起こさせ、それを継続させることができたから。

 

できない!と思ってしまうと、そこで終わってしまうけれど、それは、自分がそう判断しただけ。
やり方がわからないから面倒になってしまう。
できない。
できるわけないだろっ!・・・となる。

 

自分で意識を変えることはできるけれど、時として人は、楽な方を選び、そしてそれを正当化しようとする。
でも、本気じゃないのは一番自分がわかっていて、だからもや~っとしたものが残る。
それを抱えて、見ないふりをして生きていく。
それも一つの人生だけど、こういうこともある。

 

人が死ぬ時に一番後悔すること。
それは「やっておけばよかった」という後悔だという。
やって失敗するのは、財産になる。
でも、やりたいのにやらないことは、後悔しか残らないということ。

 

 

ビリギャル

 

 

ビリギャルを見て思う。
私はここまで本気になったことはあったのか?
頑張ってはいるけれど、いつも逃げ道を確保していたように思う。

 

そして、社員にストレスを感じている肩書のある方々。
今時は、パワハラやらなんやらあるゆえ、そうそう怒鳴ることもできないのかも知れないけれど、そのストレスは、社員にあるのではなく自分にあるのでは?という考え方もできるということ。

 

人には、それぞれ個性があり、それを伸ばし成功したのが、ビリギャルの塾の先生。
つまり、イラツク社員に対して、中途半端にしか教えないからイラツク結果が出ているのかもしれないということ。
自分は先生で、教える立場。
そう考えると腑に落ちることもあるかと思う。
そして、私自身に対しても、大きな課題を残してくれた本でした。

 


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